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ローゼンメイデンの話「10年後の薔薇乙女たち」

1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 12:20:55.27 ID:Ag6Oy1bS0
 ピシャッと音を立てて、第5ドールの真紅は窓を閉めた。

「はー」
 頭を押さえ、眉間にしわを寄せてベッドに座り込む。
 外では、相変わらずフギャアア、フギャアアア、とうなり声が聞こえる。
「猫って嫌いだわ」
 読みかけた本をぱたんと閉める。
「ふうっ」
 足をぶらぶらさせた後、ベッドにぼふっと倒れ込む。

 部屋の隅には鞄が4つ。
 そのうちの2つには、花が添えられている。
「………」
 真紅はそれをちらっと見やり、やがて静かに眼を閉じた。



7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 12:24:48.40 ID:Ag6Oy1bS0
「ごめんなさい、今家族全員出払ってるんですぅ。ああ、はい、私は
留守番任されてるだけなので。今週の日曜日なら、お休みで
家にいると思うです」
 電話口で、第3ドールの翠星石が丁寧に応対している。
「そうですねぇ、朝の10時くらいに来てもらえると助かるですぅ。
ええ、わかりました、本人に言っとくですぅ、はい、それじゃ」
 ガチャンと電話を切り、翠星石がため息をつく。
「………」
 ぽりぽりと頭をかきながら、ダイニングに向かう。
「…お茶でも飲むです」
 お湯を沸かし始めた頃、リビングのドアが開いた。
「あら」
 真紅だった。
「ああ、真紅、今紅茶作ってるですよ。一緒に飲むですか?」
「……そうね、眠くてしょうがないわ」
 ソファに座る。
「…早くのりに免許取ってもらわないといけないですねぇ」
「そうね、いつまで朝っぱらからドタバタさせる気なのかしら」
 ピーッとやかんが鳴る。
「いつまでも自転車通勤というのも、ねぇ?」
「ですぅ」
 ガスを止める翠星石。


9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 12:29:25.63 ID:Ag6Oy1bS0
「出来たですぅ」
 カチャカチャと音を立て、二人分の紅茶を持ってくる。
「後で、蒼星石にも持っていってあげましょう」
「そうですね、翠星石が持っていくですから」
「ええ、お願いするわ」
「………」
 会話が止まる。
「……」
 翠星石が立ち上がり、おもむろにカーテンへと近づいていく。
 シャーッと音を立て、カーテンを開けると、眩しい日差しが
飛び込んでくる。
「今日はいい天気ですねぇ」
 振り返る翠星石。
「真紅」
「…何?」
 真紅に近づく。
「たまには、散歩に出掛けないですか?」
 翠星石は小さく笑った。


14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 12:35:47.76 ID:Ag6Oy1bS0
 道路へ出ると、春の暖かい陽気に、ヒュウッと
風が抜けてくる。
「いいですねぇ……」
「そうね」
 目を閉じる二人。
「どこへ行くの?ところで」
「特に決めてないですぅ。とりあえずぶらぶらしてみよーかなーくらいで」
 そう言って、翠星石はすたすたと歩き始める。
「ちょっと…待ちなさい、行先くらい決めましょうよ」
 立ち止まる。
「…え?、じゃあ、真紅はどこ行きたいですか?」
「私…?そうね……この時期なら」
 真紅が歩き始める。
「土手に行きたいわ」


15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 12:41:30.20 ID:Ag6Oy1bS0
 菜の花の広がる土手で、まばらに人影が見える。
「やっぱりここのにおいが最高なのだわ」
 すうっと息を吸う。
「甘いにおいですね」
 芝生に仰向けになる翠星石。
「ふふ」
 翠星石を横眼に見ながら、真紅は小さく笑う。
「もう何度目かしら……この季節の、この感覚……」
 真紅も仰向けになり、ぼんやりと空を眺めた。


16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 12:42:05.70 ID:Ag6Oy1bS0
 姉妹7体によるアリスゲームが事実上の終焉を迎えてから、10年が過ぎた。
 雪華綺晶は予想以上に強く、同時にnのフィールドに
誘い込まれた水銀燈と金糸雀の力がなければ、きっと
自分たちは今、この世界にいなかった。

 後に残されたのは、真紅、翠星石、金糸雀、動かなくなった蒼星石、
そして、その闘いでマスターを失ってしまった水銀燈。
 最後に姿を現した水銀燈の号泣を、未だに真紅は忘れられない。
泣き腫らした目。悲しい笑顔を残し、彼女はどこかへ行ってしまった。


19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/05/20(火) 12:44:47.25 ID:B46VwLUr0
銀ちゃんカワイソス


20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 12:46:06.46 ID:Ag6Oy1bS0
「ジュンが出ていって、もう3年が経つのね…」
 真紅が口を開く。
「3年…ですか」
 天を見上げたまま、翠星石が相槌を打つ。
「就職してからは、とんと戻ってこなくなったですね…」
「頑張っている証拠よ。それは喜びましょう」
 ちらっと真紅を見やる。眼に光が感じられない。
「…淋しいですか?真紅」
「………」
 沈黙が流れる。
「わからないわ…」
 翠星石がまばたきする。
「何だか…」
「……」
「もう、姉妹同士の感覚も、よく分からなくなってきたのだわ…」
「…どういう意味です?」
「私たちは、この時代にい過ぎた」
 起き上がる翠星石。
「雛苺の顔が思い出せない」
 こわばる顔。
「蒼星石の優しさも……」
 翠星石はうつむく。
「あれほど恐れていた、雪華綺晶の姿かたちも」
 目を閉じる真紅。
「水銀燈の事も……」


22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 12:52:12.85 ID:Ag6Oy1bS0
「まだ、あの頃の方が、良かったのかもしれないですねぇ……」
 目を開け、真紅が翠星石を見る。
「そう思わないですか、真紅?」
「……」
 再び天を仰ぐ。
「分からない。でも」
「でも?」
「過ぎてゆく時間には逆らえない。訪れる別れには、抗えない」
「……」
「去ってしまったものは、忘れられてゆく」
「そんな事……」
「私だって…」
 真紅も半身を起こす。
「今はまだ、のりの前でも普通に振舞える」
 視線を下に向け、両手を組む。
「でもね」
 手遊びを始める。
「ふとした瞬間、もう眠ってしまった方がいいのかもしれない、なんて思えるの」
「真紅…」
「それはまるで、ドレスの小さなほつれのように、そんなに小さいのに」
 胸を押さえる真紅。
「私の心に引っ掛かっている」
「……」
「それでも、まだ貴女がそばにいてくれるから、そんなに気にしないでいられる」
 翠星石を見つめる真紅。
「翠星石もです。真紅がいるから……」
 お互いの手を取る。
「………」
 そのまま、しばらく二人は抱き合っていた。


23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 12:56:37.08 ID:Ag6Oy1bS0
「きゃっ」
 真紅がびくつく。
 家路の途中で、猫が突然飛び出してきたのだ。
「な、何よ、その眼は!あっちに行きなさい!」
 乱れた毛並み。前足の付け根は黒ずみ、ひょこ、ひょこととび跳ねながら、
こちらを警戒している。
「………」
 真紅は翠星石の裾をつかんだまま、小刻みに震えている。
「しょーもないですねぇ、ホラ、あっちに行くですよ」
 翠星石がドン、と地面を何度も蹴ると、猫はびくっと反応しながら、茂みに消えていった。
「全く……」
「猫って、どうしてあんなに汚くて、挙動不審なのかしら。知性が感じられないわ」
 ふんっと鼻を鳴らす真紅。
「あんたもいつまでびびってるつもりです。情けないですよ」
 はあーと、呆れたように呟く翠星石。
「うるさいわね」
 そう言いながらも裾を放さない。
「やれやれ……あら?」
 翠星石は、向こうからやってくる人影に気づく。
「あれは…」
 向こうも気づいたようだ。
「真紅!翠星石ー!!」
 たたたっと駆け寄ってきたのは、第2ドールの金糸雀だった。
「奇遇ねえ、こんなところで」
 そう言って追ってきたのは、彼女のマスターの草笛みつ。
「今家に行こうと思ってたのよ」


25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 12:59:25.06 ID:Ag6Oy1bS0
「今日は代休でね」
 包みを開けながら、みっちゃんが口を開く。
「真紅ちゃんたちが暇してるんじゃないかなぁって思って。まあそれと別口であるんだけど」
「へえ、何の御用事なの」
 みっちゃんが、台所の翠星石を見やる。
「皆が揃ってから話すわ」
「あっ、翠星石、手伝うかしら」
 カップを用意している翠星石のところへ、金糸雀がお盆を持っていく。
「あら、いいのよ、座っていて頂戴」
 真紅が声をかける。
 仲良く準備をする3人を見て、みっちゃんが微笑んだ。


29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 13:03:48.26 ID:Ag6Oy1bS0
 テレビをピッとつけると、丁度ワイドショーをやっている。
「みっちゃんさん、今日はどうしたの?」
 髪を整えながら真紅が尋ねる。
「ええ、さっき言ったように、何となく来てみたのもあるけど」
 ごそごそとバッグを探す。
「じゃん!これなのよ」
 みっちゃんが取り出したのは、小冊子。中央に人形の写真が載っている。
「これは?」
「お人形ですぅ」
「実はね、私今の仕事の他に、ドールショウのイベントスタッフもやってるの。
 昨日、その冊子が完成してね」
「へえ」
 真紅が声を上げる。
「でね、今度のゴールデンウィークに浜松町の方でドールショウやるの」
「もうすぐじゃないですかぁ」
 翠星石がカレンダーを確認する。
「それでウチに?」
「ええ、良かったら、皆来てみないかなぁって」
 真紅と翠星石は顔を見合わせる。
「ね、ゴールデンウィークなら、ジュン君やお姉さんも仕事、休みの日あるでしょう。
一緒に来たら、きっと楽しいわよ」
 真紅がうつむく。


32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 13:09:35.83 ID:Ag6Oy1bS0
「………」
「…あ、あれ?あんまり、興味、なかったかな?」
 翠星石が冊子を手に取る。
「いえ、そうじゃないですぅ。……多分」
 そう言いながら視線を落とす。
「ジュンは仕事が忙しいから……」
「仕事が…?そういえば、ジュン君は何してるんだっけ」
「営業マンよ」
「えっ」
 がたっと立ち上がるみっちゃん。
「営業マン!?」
「そうよ、一戸建てを売るらしいわ」
「えっ、じゃ、じゃあ、注文住宅?あの、一番売るのが難しいって言われてる?」
 首をかしげる真紅。
「?さあ。私にはその辺の事はよく分からないけれど」
「………へえええ……すっごいねえ、就職したのは知ってたけど…そっかぁ…」
「ふふ、そう。ジュンは立派になったわ。とても」
 下を向いて笑う真紅。
「そっか、まあ、また休みが合うようだったら、言ってね」
「ええ、伝えておくわ」
 うつむいたまま、言いながら指先をいじる。
 その傍らで、金糸雀が別の事に気づく。
 真紅の眼は、笑っていなかった。


33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/05/20(火) 13:10:46.13 ID:B46VwLUr0
JUMはやはりみっちゃんと一緒に働くべきだった


34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 13:11:38.61 ID:xUy8ztR80
>>33
同感


35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 13:12:36.18 ID:Ag6Oy1bS0
「持つよ、片方」
「ああ、ごめん柏葉」
 言いながら、スーツを着たジュンが、展示場の外へとゴミを出している。
その隣には同じく制服を着た、柏葉巴。
「どう、慣れた?外回り」
 駐車場の掃除をしながら、巴が問いかける。
「ああ、大分」
「そう」
「おーい、桜田」
 ジュンが振り向く。
「生ゴミ捨てといてくれ」
 少し白髪の混じった男性が、窓から声を上げている。
「あ、はい、分かりました」
 ゴミを持って、ジュンが戻ってくる。
「私捨ててくるよ。そこでしょう、燃えるゴミ」
「いいよ、こういうのは男がやるもんなんだから」
「いいから。貸して」
「いいって。柏葉にはいつも世話になってるし、これくらいさせてくれよ」
「………わかったわ」
 その脇の袋を持つ巴。
「でも、どうせなら二人で行きましょう?こんなにあるんですもの」
「……」
 すたすたと歩き始める。
「……」
 ジュンは頭をかくと、残りを持って、後に続いた。


38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 13:19:54.63 ID:Ag6Oy1bS0
「ねえ」
「ん」
 巴を見るジュン。
「家には帰ってるの?」
「家?」
「ええ」
 前を向く。
「いや、就職してからは帰ってない」
 巴がジュンを見る。
「本当?それ。お姉さんが心配したりしない?」
「いや、週に3回は電話がかかってくるよ」
 はあ、とため息をつく。
「たまには帰ってあげないと」
「いいんだよ、別に」
「待ってるわよ、きっと」
「あれだけ連絡してくるんだから、帰ったって同じだと思うけど」
「そんな事ないわ。お姉さんだけじゃないでしょう、貴方を待っているのは」
 ジュンが巴を見やる。


39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/05/20(火) 13:21:54.02 ID:B46VwLUr0
流石だ、巴


43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 13:23:44.83 ID:Ag6Oy1bS0
「真紅や翠星石は、ずっと貴方に懐いてたじゃない」
「昔の話だよ」
「……それは違うわよ。桜田君」
「何が?」
「あの子たちはお人形でしょ?仕事をするわけでもない、子どもが出来るわけでもない」
 少しうつむく。
「雛苺はもうどこにもいない」
「……」
「私はしばらく立ち直れなかった。けれど」
「……」
「あの子を思い出す事も少なくなった。悲しむ事も、なくなった」
「柏葉…」
「それは、きっと私が成長して、高校に行って、大学に行って、就職して」
「……」
「変わってしまったから。あの子のいなくなった空間に、大学の友達とか、仕事が」
「……」
「入ってきて、代わりに埋めてくれたから」
 うつむくジュン。
「じゃあ、あの子たちは?」
「大丈夫だよ、あいつらはあいつらで楽しくやってるから」
「……」
 少し強めの口調に、巴は押し黙る。
「着いたぞ」
 ジュンはゴミ捨て場に袋を下ろす。


46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 13:28:43.12 ID:Ag6Oy1bS0
 ガサッと音がして、ゴミを漁っていた野良猫たちが逃げていく。
「ここも相変わらず汚いなー」
「そうね」
「よっ……と」
 巴から受け取ったゴミを、ゴミ山の上の方へと放り投げるジュン。
「………」
 ジュンはその時、妙なものに気がついた。
 半透明なビニール袋の山の中、黒い物体が見えている。
「何だ?」
「どうしたの?」
 戻ろうとした巴が振り返る。
 ジュンは目を凝らす。見えているそれには、何だか見憶えがあった。
それも、遠い、昔の記憶。
「………」
 スーツを汚さないように、慎重に山をかき分ける。


51 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 13:33:57.24 ID:Ag6Oy1bS0
それがドレスの裾だと分かった時、ジュンの記憶を激しく掘り起こすものがあった。
「!!」
 ジュンは最後のゴミ袋を放り投げる。
「あっ」
 ありえない方向に曲がった左腕。
 膝から先がない、右足。
ぐしゃぐしゃの髪に、ところどころ、破れたドレス。
 かつての漆黒の翼は、千切れて跡形もない。
「こいつは…」
 だが、それでもなお美しく、端正な顔立ち。
「水銀燈!!」
 ジュンが叫んだ。


52 名前:フェイト ◆GINLOVEhi6 [] 投稿日:2008/05/20(火) 13:34:56.02 ID:Y1+3Xv+f0 ?PLT(18796) 株優プチ(news4vip)
俺の嫁きたああああああああああ


55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/05/20(火) 13:35:51.69 ID:B46VwLUr0
本当に銀様だったとはな…
嘘だといってくれ…


57 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 13:37:25.93 ID:Ag6Oy1bS0
 水銀燈はぴくりとも動かない。
 左腕の付け根の球体関節がぐしゃぐしゃに潰れ、千切れかけている。
右足の膝は、切断面からひびが足全体に走り、黒いゴミがこびりついている。
「うっ……」
 ジュンは思わず鼻を押さえた。透き通るような白い肌は昔の事で、
くすんだシミや、裂傷、そして悪臭が、かつての長女を無残に
映らせていた。
「そ、その子は…?」
「えっ」
 言われて気づく。そう言えば、巴は水銀燈の存在を知らなかった。


58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 13:37:50.76 ID:fXiliJcCO
僕らの銀様になんて事を


59 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 13:38:55.62 ID:Ag6Oy1bS0
「しょうがない。とりあえず、外回りの途中で僕のアパートに持って帰るから」
 ブルーシートに包み、水銀燈を後部座席に乗せるジュン。
「ちょ…ちょっと桜田君…」
「何?」
「そんな…『これから捨てにいきます』みたいな扱いしなくても…
彼女もローゼンメイデンなんでしょ?生きてるんでしょ?」
 そう言ってシートをめくる。
 汚れてはいるが、眠っているだけのように見える。
「いや、そりゃそうだけどさ……」
「だけど何?」
「僕の車は営業用だし…においやシミがついてもいけないだろ」
「そんな言い方、ないでしょう?」
 巴が咎める。
「せめて敷いてあげるだけにしなさいよ」
「そりゃそうしたいのは山々だけどさ」
 ちらっと後部座席に視線を送る。
「他の人に見られたりしたら…」
「………」
 巴は一瞬眉間にしわを寄せる。
「…分かったわ、私は営業マンの気持ちなんて分からないし、桜田君には
桜田君の考えがあるんでしょうし。余計な事言って悪かったわ」
「…いや、別に…」
「今日」
 事務所の裏口を開ける巴。
「私も桜田君ちに行くから。そこでもう一度、話し合いましょう」
 それだけ言って、巴はドアをバタンと閉めた。


63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 13:44:00.23 ID:+yfxj3I4O
妊娠発覚して男が焦ってるカップルみたいだなw


64 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 13:44:19.60 ID:Ag6Oy1bS0
 夜。
 22時を回った頃に、ジュンは部屋のドアを開ける。
「……」
 Yシャツを脱ぎ、Tシャツとジャージに履き替える。
 おもむろに立ち上がり、浴室へ向かう。
浴槽の中に、水銀燈が安置されていた。
「…はあ」
 ジュンはため息をつく。眠気が襲ってきている。
いつもなら風呂に入る時間だが、今日ばかりはそうもいきそうにない。
「何でこんな事に…」
 ジュンは、水銀燈に関していい印象を持っていない。昔は失明させられそうに
なったり、事あるごとに挑発してきて、イライラさせられていた。
 ある時の邂逅で、彼女なりの苦しみを見たりはしたものの、それが
印象の改善に繋がったわけではない。
 ピンポーン、と音が鳴った。
 玄関に出向くジュン。
「こんばんは。お疲れ様」
 予想通り、巴だった。


66 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 13:49:01.63 ID:Ag6Oy1bS0
「真紅たちには連絡した?」
「え」
 浴室を見つめたままの巴の言葉。
「いや…まだだけど」
「どうして?」
 こちらを見る巴。
「どうして連絡しないの?」
「連絡したってしょうがないだろ」
「しょうがない?」
「ああ」
 お茶を淹れるジュン。
「どういう意味?」
「水銀燈は、真紅たちとは立場が違った」
「立場?同じ姉妹でしょ?」
「敵対してたんだ。明確に」
 巴が再び水銀燈に視線を移す。


70 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 13:51:48.62 ID:Ag6Oy1bS0
「水銀燈は真紅の事が嫌いで」
 きゅうすを揺する。
「真紅は、水銀燈の事が苦手だった」
「何故?」
「さあ。でも、考え方が根本的に合わないって、真紅はぼやいてたな」
「そう」
「昔の話だから、よくは憶えてないけど」
「………」
「とにかく、真紅に連絡するような事じゃないと思うよ、僕は」
「桜田君、ちょっとお風呂借りていい?」
「…え?」
 言いながら浴室に入る巴。


74 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 13:54:48.80 ID:Ag6Oy1bS0
「ちょ、ちょちょっと待った柏葉」
 巴は黙って浴室のドアを閉める。
「………」
「かし…」
 キィ、と音がして、ドアが開く。
「はい」
 ドレスを渡そうとする巴。
「え」
「洗濯して。桜田君は嫌かもしれないけど」
「や、別に…」
「私はこの子を洗ってあげるから」

 シャーという音が静かに響き続ける。
 ジュンは部屋に戻り、スーツをハンガーに掛ける。
「……」
 チラッと浴室に眼をやった後、携帯を取り出すジュン。
 時計は、22時37分。
「……」
 一際深いため息をつき、ジュンは携帯を放り捨てた。


78 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 13:57:37.13 ID:Ag6Oy1bS0
「こんにちはー、桜田さん」
「こんにちは、お待ちしておりました」
 展示場の入口。子ども連れの家族に対し、ジュンが笑顔を
振りまいている。
「今日はこれ終わったら、どこか行かれるんですか」
「ええ、実はねぇ、今三越で仮面ライダーのイベントやってるでしょう。
子どもが行きたがっててね。そこに行くんですよ」
 ははは、と父親が笑う。
「そうなんですか。すいません、その前にお時間いただく形になってしまって」
 ぺこりと頭を下げるジュン。
「いえいえ、いいんですよ。家の計画も大事ですし」
「そう言っていただけると嬉しいです」
 再びにこっと笑う。
「あれ」
「どうしました?」
 母親がジュンの手を覗きこむ。
「今日もつけてらっしゃるんですか、その指輪」
 反射的にさっと隠すジュン。
「あ、ああ、これですね、まァ、営業マンなのに派手だな、って言われるんですけど」
「えー、でもおしゃれだと思いますよ」
 ははは、とジュンは愛想笑いをした。


80 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 14:02:48.32 ID:Ag6Oy1bS0
「今日はですね、こないだご提案させていただいた、キャンペーンの仕様で
あの土地で建てるとしたら幾らくらいになるか、それのたたき台としての
資金提案になります」
「うんうん」
「実際の総額というのは、詳細な間取りによって変わってはきますが、
まずは予算を確定させないと、地に足のついた計画が出来ませんので、
今日は予算を確定させるようにしていきましょう」
「そうですね、わかりました」
 着座してもらい、子どもたちに近づくジュン。
「ねぇねぇ、こないだのお姉ちゃんはー?」
 スーツの裾を引っ張る子ども。
「今ね、ジュースを用意してくれてるんだよ。もう少しでこっち来るから、
お兄ちゃんと一緒に、アニメ選ぼうか」
「ウン」
 子ども部屋に行くジュン。


82 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 14:06:49.80 ID:Ag6Oy1bS0
「あっ、お姉ちゃん」
 巴の姿を見つけ、子どもが声を上げる。
「わーい」
「あらあら、こんにちは」
 持っていたお盆を置き、巴が子どもの頭を撫でる。
「ははは、参ったな、やっぱりお兄ちゃんよりお姉ちゃんの方がいいか」
 頭をかき、苦笑するジュン。
「あら、そんな事ないですよ、桜田さんの事、うちの子結構
気に入ってるみたいだから。ね、おにーたんの事も好きだもんねー」
 母親がそう問いかけると、子どもは満面の笑みで頷いた。


86 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 14:12:00.22 ID:Ag6Oy1bS0
「えっ、こんな費用もかかるの」
 母親が声を上げる。
「ええ、最初は土地と建物代だけで考えられる方が多いんですが、
実際山田様の持ってらっしゃるお土地に建てるとなると、
まず分筆費用が余計にかかりますし、地盤が弱ければ、地盤改良も
した方がいいので、その費用もかかると思われます」
「弱かったら……え、50万も?」
「あくまでも弱ければ、です。何坪の建物を建てるかで、改良面積も
変わってきますし、実際調査してみないと、何メートル下に
強い地盤があるかわかりません。なので、極端な話、100万くらいかかる
方もいらっしゃいます」
「100万!?予算は50万って書いてあるけど、大丈夫なの??
「100万というのは、あくまで極端な例です。山田様は、家族4人くらいの住まい、
という事ですよね」
「ええ」
 資金計画書から目を離せない夫婦。


87 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 14:15:09.79 ID:Ag6Oy1bS0
「でしたら、大体50万前後で落ち着くと思います。実際、これくらいが相場
なんですよ」
「はあ」
「あの近辺で建てられてる方で地盤改良が必要だったケースは、僕が
入社してからは一件もないので、大丈夫だとは思いますが、万が一の事を
考えて、予算取りさせていただいております」
「そうなんですか、こんな費用まで見てくれてるんですね」
「ええ、でないと、いざ建てます、となった時に、いきなり財布から
50万出さないといけなくなりました、なんて、凄く嫌でしょう?
うちはかかると思われる費用を、適切なレベルで、キチンと最初に
見させていただく、という風にしておりますので、ご安心下さい」
「へえーっ、いいですね、そういうの」
 父親がウンウン、と頷いた。
「それからですね、こちら、借入費用、それから火災保険に、登記費用…」
 そんなジュンの姿を、隣の部屋から巴が見つめ、少し微笑んだ。


88 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 14:17:22.99 ID:Ag6Oy1bS0
「…わかりました。それでしたらこの要望で、間取りを作らせて
いただけたらと思います」
「どれくらいで出来ます?」
 父親が尋ねる。
「そうですねぇ…一週間あれば、大丈夫かと。来週とか、ご都合いかがですか?」
「来週」
 夫婦が顔を見合わせる。
「二人とも休みなので、土日でしたら構いませんよ」
「でしたら、ここで決めちゃいましょうか。土曜日の朝イチとか、どんなです?」
「いいですよ。そしたらそれで」


92 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 14:21:08.25 ID:Ag6Oy1bS0
「ありがとう、柏葉」
「いいえ、お疲れ様」
 二人で子ども部屋を片付け始める。
「いけそう?」
「まだ分からないよ」
「そう?でも、いい雰囲気だったじゃない」
「いや、競合もいるし、いい人だから、他社の話もウンウン、って聞くと
思うんだ。僕はまだ3年目だし、そんな人の話を聞くって事は、
よその、もっとベテランの話に、コロッといく可能性もある」
 DVDを取り出す。
「だから、今回のキャンペーンの良さを理解してもらって、この一か月で
契約しないといけないです、っていう流れを認識してもらわないと、
向こうが迷い始めたら、すぐ他社に持っていかれる」
「…凄く考えてるのね…さすが、同期30人の中で受注トップなだけはあるわ」
「いや、それはたまたまだよ。課長に同行してもらった受注が殆どだし」
「いいえ、貴方は凄いわ、桜田君」
 巴はそう言って、ジュンに微笑んだ。


93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 14:22:48.78 ID:7XrWLVWrO
なるほど、ジュンはやれば出来る子だったのか


94 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 14:24:46.68 ID:Ag6Oy1bS0
「そうか」
 目の前に座っているのは、ジュンの上司である、課長。
「で、お前はどうする、次」
 白髪混じりの髪。
「はい、間取りを出しつつ、他社の動きを」
「他社の動きをその時訊くの?今日訊かなかったの?」
「え」
「訊いてないの?」
 うつむくジュン。
「…はい、すみません」
「や、いいよ、別に済んだ事はしょうがない。今日来場フォローに
行って、その時軽く訊いてみ。いい人だから、言ってくれるだろう」
「はい、確認してきます」
 ギッ、と椅子の音が鳴る。
「課長」
「うん、何?」
「次、よろしければ同席いただけないでしょうか」
「同席?うん、いいよ。何したらいい?」
「生活提案と、間取りを見てもらいながらのヒアリングをしていただけないでしょうか。
若い僕の話を聞いてくれるという事は、他社のベテランが入ってきたら、
そちらにコロッと行ってしまいそうな気がするので、正直、僕一人では
受注に繋げられるか不安です。間取りを出せても、そこからのヒアリングと、
生活提案は僕ではまだ難しいと感じるので」
「………」
「いいよ。時間は?」
「…あ、ありがとうございます!」
 ジュンは深くお辞儀をした。


96 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 14:27:59.99 ID:Ag6Oy1bS0
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でしたー」
 事務所を出るジュン。先に帰った巴から着信が入っている。
「もしもし」
「お疲れ様、ごめんなさいね。今日、ちょっと家に寄っていい?」
「?うん、いいけど」

 ガチャリ、と部屋のドアを開ける。
「今日も疲れたな…」
 スーツをハンガーに掛け、眼鏡を外すジュン。
「……」
 部屋の隅では、下着姿のまま、水銀燈が眠っている。
 昨晩の巴のお陰で、銀色の髪はさらさらに戻り、透き通るような肌の
輝きが戻っている。ほのかに、シャンプーの香りが漂ってくる。
 ピンポーン、とチャイムが鳴った。


97 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 14:32:24.73 ID:Ag6Oy1bS0
「ドレスがないと、やっぱり可哀そうね」
「そうだな」
「………」
 少しジュンを見やった後、巴は水銀燈を抱きあげる。
「真紅たちに連絡した?」
「してないよ」
 巴は眉間にしわを寄せる。
「どうしてしないの」
「しょうがないじゃないか」
「しょうがない?何が」
「………」
 ジュンは壁にもたれかかる。


98 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 14:33:47.81 ID:Ag6Oy1bS0
「今、何時?」
 時計を見る巴。
「22時13分よ」
「真紅たちは21時には寝てる。姉ちゃんもその後すぐに寝る」
「…だったら昼間にでも、時間見つけて連絡すればいいじゃない」
「………まあ、そうだけど」
「…もういいわ」
 ため息をつく巴。
「私が連絡しとく」
「いいよ、別に、僕が」
「よくないわ!」
 巴が叫び、ジュンはびくっとする。
「…ごめんなさい、ちょっと熱くなってしまって」
「…い、いや、僕こそ」
「でも、私が連絡しておくから」
 水銀燈の頭を撫で、巴が呟いた。


100 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 14:37:49.56 ID:Ag6Oy1bS0
「えっ、水銀燈が」
 電話口で、翠星石が思わず叫ぶ。
 その名前を聞いて、真紅が振り向く。
「え、ええ、わ、わかったです…」
 かちゃんと電話を置き、立ち尽くす翠星石。
「な、何?今の電話は…?」
 ソファを降り、おそるおそる尋ねる真紅。
「水銀燈が見つかったらしいですぅ」
「……水銀燈…が…?」
「ネジが切れてるみたいで、今はずっとジュンのアパートに」
「……」
 真紅はしばらく茫然としていたが、やがてリビングを出ていく。
「真紅!!」
 翠星石が後を追う。
「水銀燈…」
 思い詰めた表情で、真紅は鏡の中に消えた。


101 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 14:40:45.58 ID:Ag6Oy1bS0
「待つですぅ、真紅!」
 真紅が振り返ると、翠星石が後ろを飛びながらついてきている。
「ジュンのアパート知ってるのですか?」
「いいえ、でも、マスターや姉妹のいる場所なら、気配で探知出来るから、
今は水銀燈の気配を頼りに探せばいいだけ。ホーリエ、ベリーベル」
 人工精霊を呼び出す。
「水銀燈の居場所を探して頂戴」
 小さくきらめき、2体はそれぞれ飛び立った。


102 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 14:41:37.60 ID:Ag6Oy1bS0
 水銀燈が寝かされているアパートの鏡が光り始める。
 その中から真紅、次いで翠星石が出てきた。
「ここは……」
「汚いですぅ」
 脱ぎ散らかしたままのパジャマを見て、翠星石の眉間にしわが寄る。
「水銀燈」
 部屋の隅で眠っている長女に、真紅が話しかける。
「あっ」
 二人は同時に叫んだ。
「足が……それに、腕も…」
「……」
 真紅はそっと膝をつき、水銀燈の髪を撫でる。
「こんなに…貴女は…」
 ひしゃげた右足の切断面を、真紅は直視出来なかった。
 かつての翼も、背中のひび割れが残っているだけで、惨めな傷を残すだけである。
「…翠星石」
「はい」
「ネジを」
 もう一度髪を撫で、真紅は水銀燈をうつ伏せに寝かせた。


104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 14:43:58.70 ID:xUy8ztR80
「ネジを」って真紅がねじ巻いても大丈夫なのか?


107 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 14:53:21.67 ID:Ag6Oy1bS0
>>104うん
原作3巻でヒナが翠星石のネジを
巻いた描写がある


108 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 14:53:49.02 ID:Ag6Oy1bS0
 うっすらと開く紫の瞳。
「………」
 その眼に、紅いドレスの人形が映る。
「水銀燈」
 真紅が声を掛ける。
「………真紅?」
「水銀燈」
 両肩を握りしめる。
「ここは……どこ?」
「ジュンのアパートよ」
 声が震える。
「そう……あっ」
 水銀燈を抱き締める真紅。
「もう会えないかと思ってたわ」
「……」
「良かった、水銀燈……」
「……」
 そっと、動く右腕を真紅の肩に回す。
「ごめんなさいねぇ」
 ふっと小さく笑う。
「抱き締められなくて…」
 そう言って、ゆっくりと、真紅の髪をなで続けた。


133 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 15:36:16.71 ID:Ag6Oy1bS0
「そう、まだあの人間のところにいるの…」
 あれから10年の時が経ってしまっていた事に、水銀燈は大して驚かなかった。
「ええ、でも、ジュンは3年前に就職して、今は一人暮らしをしているの」
 ベッドに座っている真紅と翠星石。
「私たちはまだ前の家にいるですぅ。のりと3人暮らしですぅ」
「そうなの……何の仕事を?」
「家を売る、とか言ってたわ。営業マンなのよ」
 水銀燈は一瞬目を丸くする。
「へえ……昔とは変わったのねぇ……営業だなんて…」
「そうよ、今は立派になって」
 少しうつむく真紅。
「私たちが見上げても何も見えないくらい立派な木が」
「嬉しそうじゃないわねぇ」
 水銀燈がじっと見つめ、口を開く。


138 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 15:38:48.95 ID:Ag6Oy1bS0
「は?」
「……」
 翠星石が目を逸らす。
「何言ってるの、私は素直に嬉しいわ」
「そしたらどうしてうつむいてるのかしら」
「別にどうもしないわ。ちょっと疲れてるだけよ」
「……」
「だからね……」
 そこで言葉が止まる。
「その……」
 真紅は次の言葉を探し、必死に眼を泳がせている。
「私は…」
「真紅、こちらにいらっしゃい…」
 右手をこちらに差し出す水銀燈。
「……」
 真紅は云われるままに、水銀燈の傍へと寄っていく。
座り込んだ真紅の頬を撫でると、真紅は物悲しそうに
こちらを見つめた。


141 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 15:41:50.41 ID:Ag6Oy1bS0
「真紅」
 撫でている右手に、そっと触れる真紅。
「…何?」
「私は、貴女の事が嫌いだったわ」
 じっと真紅を見つめる水銀燈。
「考え方が合わないし」
「……」
「何か、蔑んだような、憐れんでいるような」
「……」
「いつも貴女は、私にそんな眼を向けていたから」
「……」
 真紅は黙っている。
「お父様を求める気持ちは変わらないのに」
「……」
「求めながらも、貴女にはどこか充足が感じられた」
 視線を落とす真紅。
「それが個人的に、気に食わなかった」
 触れていた手を放す。


142 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 15:45:09.23 ID:Ag6Oy1bS0
「でも、今の貴女は、何かが違う。その眼」
 真紅が水銀燈を見つめる。
「大切な何かを失くしてしまった子どもの眼」
「……」
「誰かに、その失った所を埋めてほしくて」
「……」
「誰の何でも受け入れてしまいそうな」
 翠星石がぼんやりと見つめている。
「そんな自信の無さ、危なっかしさ」
「……」
「可哀そうな眼をしているわ」
「……べ、別にそんな…事…」
 言いながら、小さく自分が震えているのが分かる。
「別に私はもう、何もいらないし」
「…」
「私に満たしてほしいなら、貴女を満たしてあげてもいいけど」
 まばたきする真紅。
「そうじゃないでしょう、貴女の欲しがっているものは」


144 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 15:50:37.84 ID:Ag6Oy1bS0
「…別に…」
 真紅が口を開いた。
「貴女と一緒よ。私ももう、何もいらない」
「いらない?」
「私がすべき事はきっと、もう終わったの」
 言いながら視線は下を向いている。
「私に出来る事も、もう終わった」
「……」
「ぼんやりと思うのは、この世界から静かに消える事が出来たら」
 翠星石が両肘をぎゅっと抱える。
「最後に幸せなんじゃないかしらって」
 窓からの日差しがうす暗くなる。
「でも、消えるなんて淋しいし」
「……」
「私はまだ、翠星石や金糸雀と一緒にいたいから」
 水銀燈の右手を握りしめる。


145 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 15:52:32.21 ID:Ag6Oy1bS0
「嬉しそうじゃないのは当たってるかもしれないわ」
「……」
「ジュンがいなくなって、そりゃあ、淋しい時もあった」
 再び差し始める日の光。
「雛苺を思い出せなくなっている自分に、蒼星石の笑顔が浮かんでこない自分に」
 翠星石が両目を閉じる。
「薄情だなと思う事もあるわ」
「……」
「でも、いつまでもそれに固執するほど、私は幼稚でいるつもりはないの」
 少し口調が強くなる。
「だから……」
 うつむく真紅。
「今はその世界に、少し疲れているだけ……」
「……」
「少しね……」
 雲が再び、その日差しを遮った。


147 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 15:57:53.99 ID:Ag6Oy1bS0
 二日後、金糸雀が遊びに来て、翠星石が下で相手をしている。
 真紅はその声を聞きながら、ベッドに寝転がっていた。
「……」
 ちらっと、部屋の隅の鞄を見やる。
 寝かせてある鞄の中に、蒼星石の身体が入っている。開く事のない瞳。
もう一つ、立てかけてあるのは、二度と戻らない、雛苺のもの。
埃が積もっているそれを、真紅は静かに払う。
 もわっと舞い上がり、ドレスに付着するが、特に気にも
留めなかった。

 鞄を閉じ、目を瞑る。
優しかったジュン。その温もりは、かろうじて思い出せる。
 だが、蒼星石と雛苺は、不思議と浮かんでこない。
雛苺がどんな容姿をしていたのか。自分が大好きだった妹が。
思い出せない。
「…く」
 その事実に今更ながら向き合わされ、真紅は小さく、鼻をすすった。


149 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/05/20(火) 16:00:31.02 ID:C9qOAejnO
そういや、十年後のみっちゃんの歳って・・・


150 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 16:01:01.23 ID:Ag6Oy1bS0
「真紅ー」
 翠星石の声が聞こえ、ドアの開く音がした。
「寝てるですか?」
「………」
 おもむろに鞄を開ける真紅。
「どうしたです?こんな昼間から…」
 言いかけてはっと気づく。真紅が泣いていた。
「どうしたのかしら…真紅」
 心配そうに近寄る金糸雀とは対照的に、翠星石は
しばし立ち尽くす。
 真紅を抱きよせる金糸雀。
「………!!!」
 翠星石は何か熱いものを感じ、部屋を飛び出した。


152 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 16:05:08.96 ID:Ag6Oy1bS0
「うぅっ……えっ…ぅ…」
 翠星石はソファにうつ伏せになり、泣いていた。
 何故泣くのか、自分でも分からない。
 昔はよく、蒼星石の事で泣いていた。だが、時が経つにつれ、
その悲しみが徐々に薄れていくのを実感する。
 蒼星石の笑顔が、思い出の中で輝いている。胸がたとえ締め付けられても、
いつの頃からか、翠星石は泣かなくなった。
 双子の妹であっても、何百年も一緒にいた者であっても、
そんなものか。
 風化という残酷な現実だけが、
自分の心をゆっくりと、侵蝕していく。


153 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 16:08:58.79 ID:Ag6Oy1bS0
 翠星石は、真紅がジュンの事を大好きなのを、
誰よりもよく理解していた。
 誰よりも、ジュンと一緒にいたいと
願っている事も。
 そして誰よりも、淋しさを我慢している事も。

 その真紅が初めて見せた、涙。
「……蒼星石ぃ……」
 ひっく、ひっくと泣き続ける。
「…淋しいですぅ……」
 もう戻れない。もう会えない。
 ただ静かに通り過ぎていく時間。
 日が傾くまで、翠星石は泣き続けた。


155 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 16:09:27.27 ID:jJgQwA9XO
頬に熱いものが流れた


157 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 16:11:33.60 ID:Ag6Oy1bS0
「翠星石……」
 リビングのドアをそっと開け、金糸雀はつらそうな顔をした。
その金糸雀のドレスの裾を、真紅がつかんだまま、うつむいている。
「………」
 目は赤いままだが、涙は止まっていた。
だが、金糸雀は分かっていた。
 あのプライドの高い真紅が泣くという事が、他人に甘えるという事が
どういう事か。
「真紅…」
 うつむいたままの真紅の頭を撫でる。
「………」
 真紅はしばらくそれに身を任せていたが、やがて眼を閉じ、
金糸雀の肩にすり寄った。


160 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 16:15:43.65 ID:Ag6Oy1bS0

「……というわけなのよ、みっちゃん…」
 浮かない顔をしている金糸雀。
「そうなの…二人とも、我慢してたんだね…」
「みっちゃん…カナ、どうしたらいいのかしら…」
 ベッドにぼふっと座り込む。
「うーん………」
 腕組みをして、チラッとカレンダーを見やるみっちゃん。
「今日は4月27日、か…」
 いつになく鋭いその視線に、金糸雀は頼もしさを感じた。


161 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 16:20:15.75 ID:Ag6Oy1bS0
「ん、明日がアポだっけ?」
 日報を出したジュンに、課長が問いかける。
「あ、はい、明日です」
「そうか。資料は準備出来てる?」
「はい」
「見せて」
 言われて、自身のデスクから資料を持ってくるジュン。
「間取りと、資金と、商品の切貼です」
「前回の奴は?」
「…えっ」
「別に出すわけじゃない。俺は前回のアポを知らないから。
数字で辻褄を合わせないといけないだろ。営業マンによって
見積もりの取り方は違う。でも、対お客さんに全然違う見積もり
出したら、信頼を失くすケースだってあるだろう。
こないだ、飛んだお客さんがそうだろ」
「あ……」
 ギッ、と椅子を鳴らす。
「だから、俺もお前の見積もりの取り方把握しときたいから、
見せて」
「わかりました」
「それと」
 動こうとしたジュンを呼びとめる。


165 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 16:24:53.56 ID:Ag6Oy1bS0
「その指輪」
「はい」
「何でつけてるんだっけ、桜田」
「あ、これは……」
「何か理由があってつけてるのは分かるよ、うん。
でもな、もうお前も3年目だし、お客さんもそろそろ若手っていう
見方をしなくなってくる頃だ。
今回のお客さんは一人でアポしたろ?
だから、もう少し身なりはキチッとしないと。桜田」
「は、はい…」
「まだ俺は別にいいけど、本社に異動になったりしたら、
それつけてたら確実にクビだぞ」
「クビ……」
 思わず指輪を触る。
「別に俺は、『明日以降つけてくるな』と言ってるわけじゃない。
俺にだって譲れないものはあるし、きっと桜田にもあるだろう。
ただ、つけ続けるなら、それを補うだけの信頼を得る方法を
見つけろ。わかった?」
「はい」
「ん、いいよ、お疲れ」
 ジュンは深々と頭を下げた。


166 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 16:29:28.81 ID:Ag6Oy1bS0
「ふう」
 部屋に入り、スーツを脱ぐ。
 パチン、と電気をつけるジュン。
「あ」
 壁際を向いたジュンを、水銀燈がぼんやりと見つめていた。
「お帰りなさい」
「水銀燈……目覚めたのか」
 驚くジュン。
「ええ、貴女のお人形のお陰でね」
 ふふっと笑う水銀燈。ジュンは少しどきっとする。
「ありがとう。一応礼だけは言っておくわ」
「え、ああ」
「営業マンなんですってね」
「ん、うん」
「家を売るんでしょう?大変じゃないの」
「……うーん…まあ、大変だし、つらい事もあるけど、もう慣れた」
 スーツをハンガーに掛ける。
「そう…」


169 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 16:31:39.48 ID:Ag6Oy1bS0
「……」
「以前とは全然違うわ。頼もしく感じるわ」
「え」
 水銀燈を見る。
「私、今の貴方になら、全てをあげてしまってもいいわ」
「えっ…あ」
「ふふ」
 艶っぽい笑みを浮かべる水銀燈。
 ジュンの胸が高鳴る。
「冗談よ」
 大人びた、その切なげな表情は、腕や足の損傷など気に
ならないくらい、彼女の美しさが失われていない事を
示していた。
 ジュンは心の中で、自分が彼女をぞんざいに扱った事が
間違いであったと気付く。
「ごめん…水銀燈」
 ジュンの言葉に、水銀燈は一瞬変な顔をするが、
すぐに元の柔和な表情に戻る。


172 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 16:34:38.16 ID:q46nzOYoO
銀がJUMを誘惑して真紅が怒りの炎で蘇るんですねわかります


173 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 16:37:35.61 ID:Ag6Oy1bS0
「いいのよ、貴方は人間で、私たちはお人形。
私たちの存在が、この世界の中で異質なだけ……」
 少しうつむく水銀燈。
「この時代に、少しでも溶け込めていた事が、むしろ異常だったのよ」
「……そんな」
「おかしいでしょう、ようく考えると」
「……別に」
 言いながらうつむくジュン。
「私の大切な人はもう死んでしまった」
 天井を見上げる水銀燈。
「だから」
 声が震えている。
「私は別に、もうゴミ捨て場に捨てられて、正直、粉々になってしまっても、
いいのよ」
 ぐしっと顔を拭う。


175 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 16:41:18.06 ID:Ag6Oy1bS0
「でもねジュン」
 再びジュンを見つめる。
 ジュンも水銀燈に視線を戻す。
「あの子たちは貴方を必要としている」
「…僕を?」
「でも、それはもう望んじゃいけないって、理解してる」
 眼を伏せる。
「真紅はこの世界から消えたがってる」
 ジュンは黙っている。
「雛苺を忘れ、蒼星石を忘れていく自分を薄情だと思い込んで」
「…」
「あの子は私とは違う。幸せにならなきゃいけない」
 右手をぎゅっと握る。
「誰かが幸せにしてあげないといけない、そういうドール」
 そう言った後、水銀燈は真っすぐジュンを見据えた。


183 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 16:47:03.59 ID:Ag6Oy1bS0
「ジュン」
「…何?」
「たまには、顔を出してあげなさい。
半年に一回でも、紅茶を淹れてあげなさい」
「え」
「もう貴方にとって、真紅や翠星石が不要な存在であっても」
 思わず腕を握るジュン。
「その心遣いが、あの子たちを救えるのだから」
「……」
 ジュンがうつむいた。
「たとえそれが、まやかしであっても」
「……」
「営業マンなんだから、それくらい出来るでしょう、ジュン?」


184 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 16:48:07.38 ID:Ag6Oy1bS0






 nのフィールド。
 ボゴォッと地響きを上げ、巨大な木の根が空へと
伸びていく。
 それは何本も何本も、幾度となく繰り返される。
「……」
 時おり涙を拭いながら、翠星石が如雨露に水を満たし続けている。
「…ジュン」
 涙が乾いた頃、彼女はほぼ無意識に、その名を呟いた。


223 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 18:24:05.26 ID:Ag6Oy1bS0




 プルルル、プルルル、と、携帯が鳴り続けている。
「……るっさいわねぇ……」
 水銀燈が目を開ける。頭が痛い。
ネジを定期的に巻いてもらっているものの、鞄がないため
まともに眠れないのである。
「……いつまで寝てるのかしら…」
 うざったそうにジュンの布団を見やる。
 携帯が切れた。
「…今日は仕事じゃないの…?もう9時15分よ…」
「………」
 ジュンは起きない。
「しょうがないわねぇ」
 水銀燈は左手をかばいながら、右手だけでずり、ずり、と
ジュンの枕もとへと近づく。
「起きなさい。だらしがないわよ、ジュン」
「………」
 耳元でささやく水銀燈。


225 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 18:26:21.88 ID:Ag6Oy1bS0
「…?おかしいわねぇ」
 ペチペチと頬を叩く。
「熱っ…」
 水銀燈はようやく気がついた。
「ちょっとジュン、貴方……」
 もう一度、プルルル、プルルル、と電話が鳴る。
 画面を見ると、会社からである事が分かった。
しかも何度も着信がある。
「なぁに?私が出なきゃいけないの?」
 ぶつぶつ言いながら、ボタンを押す。
「はぁい、もしもし」
『…桜田か?』
 男性の声。
「違うわよぉ、ジュン君は今熱で起きられないみたいよぉ」
『…熱?電話にも出られないほど酷いの?』
「さぁ、私もさっき気付いた所だから」
『…そうか。で、貴方は誰?』
「えっ」


228 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 18:28:45.99 ID:Ag6Oy1bS0
 水銀燈は困惑する。
「…え、えっとぉ、私は…」
『彼女さんか?まあいい、大変そうならそれでいいから、伝言お願い出来る?』
「い、いや、彼女じゃ…」
 ますます焦る水銀燈。彼女?この私が?誰の?
『メモとか出来る?今』
「メ、メモ??」
 水銀燈は辺りを見回す。マジックと、ピザのチラシが目に入る。
「か、紙とペンなら」
『うん、それでいいよ。じゃあ言いますんで』
「わ、わかったわぁ」
 焦りながら、水銀燈は何とかメモを取り続けた。


230 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 18:33:07.74 ID:Ag6Oy1bS0
「う…」
 時計の針が11時を指す頃、ようやくジュンが目を覚ました。
「起きた?」
「…水銀燈」
 がばっと飛び起きるジュン。
「しまった!アポが!!」
 あたふたするものの、時計を見て真っ青になる。
「今日は休んでなさいって。お客さんには僕が説明しときますからって。
貴方の上司の…タカハシ…さん?」
「えっ」
「電話くれたわよ」
「……!!」
 ジュンは急いで電話を掛ける。


233 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 18:34:41.47 ID:L/onfZHoO
やべぇ、銀さまかわええw


234 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 18:37:25.77 ID:Ag6Oy1bS0
「……はぁ」
 布団の中、天をにらんでジュンがため息をついた。
「無理してたんでしょ」
「…別に」
「ま、たまにはこうやって休んでもいいと思うわぁ。たまにはね」
「……でも、お客さんに…」
「ん?」
 水銀燈は何か気配を感じ、振り返る。
 鏡が光り始め、そこから足が出てきた。


235 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 18:41:46.83 ID:Ag6Oy1bS0
「真紅!翠星石!」
 水銀燈が叫んだ。
「ジュ、ジュン…」
 真紅が駆け寄る。翠星石は目を泳がせながら、ジュンに
近づく。
「どうしたの!?しっかりして、ジュン」
「……真紅」
「無理したんでしょ、貴方の事だから」
「い、いや、そんな事はないと思うけど…」
 真紅がぺたっと額に手を当てる。
「まあ、凄い熱じゃないの!体温は測ったの?氷は?おかゆは食べた?」
 自らの両ほほに手を当て、おろおろする真紅。
「お米はあるの?」
 立ち上がって台所に視線を移す。
「…あるよ、朝メシ用のが。炊いてある」
「わかったわ。翠星石」
「……」
 うつむいていた翠星石が、おもむろに真紅を見る。
「体温計で、ジュンの熱を測ってあげて。それと、冷蔵庫の氷を、水と一緒に袋に」
 言いながら台所へと向かう。
「………てきぱきしてるわねぇ…」
 感心したように水銀燈がため息をついた。


239 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 18:46:59.05 ID:Ag6Oy1bS0
「はい、おかゆ」
 ジュンが半身を起こし、お盆の上のそれを見やる。
 何やら黄色い。
「…何か入れたの?」
「ええ」
 おわんによそいながら相槌を打つ。
「玉子をといて、かき混ぜたのよ」
「へえ、タマゴ」
「のりに習ったの」
「あと、お茶も。でもこれは違うわよ。コレでうがいをしてきて頂戴」
「うがい?」
 怪訝そうな顔つきになるジュン。
「ええ、お茶のうがいはノドのウイルスの滅菌効果があるのよ。つらいでしょうけど」
「……わかった」
 頭の上の氷をどかすジュン。それを真紅が受け取り、お盆のスペースへ置く。


240 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 18:49:55.89 ID:+yfxj3I4O
紅、翠、雛が好きだったけどこのスレのおかげで銀も好きになりました


243 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 18:55:14.81 ID:Ag6Oy1bS0
 ジュンが再び布団へ潜り込むのを確認し、じっと
翠星石の様子を窺っていた水銀燈が口を開いた。
「翠星石」
 こちらを向く翠星石。
「ちょっと話があるんだけど」
「……」
 水銀燈が促し、翠星石は黙って玄関の方へ向かう。
 その後を、水銀燈は壁づたいにゆっくりと追った。


245 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 18:55:46.58 ID:Ag6Oy1bS0
「何かした?貴女」
 唇をかむ翠星石。
「さっきからえらく静かだと思ってたけど」
「…」
「いつもなら、『何ですかぁ、だらしのねー奴ですぅ』とか言う具合じゃないの?」
「……」
「黙ってちゃ分からないわ」
「…」
「ジュンに何をしたの?翠星石?」
 視線が泳ぐ。
 はあ、と息を吐く。
「別に、私は怒ってるわけじゃないから。正直に言いなさいよ」
 翠星石がようやく顔を上げる。
「ジュンの力を…使ったですぅ……」
「何のために?」
「………そ、それは」
「無駄打ちして体調を崩して会社に行けなくして」
「う…」
「少しでもジュンとの時間が欲しかった」
 うつむく。
「でも、真紅が怖くて、それは言ってない」
 ますますうつむく。
「図星、でしょ」
「………」
 黙っている。


249 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 19:01:32.85 ID:Ag6Oy1bS0
「ジュンは今日、大切な約束があったのよぉ」
 視線を逸らす。
「その事で、上司に迷惑を掛けてるわ」
「……」
「別に、私は貴女たちとジュンの事なんてどうでもいいけど」
「……」
「感心しないわねぇ。こんな幼稚な事」
「わ、私は…ただ…」
「ただ?言ってご覧なさい」
 両の拳をぎゅっと握る翠星石。
「真紅が…可哀そうで……」
「妹のせいにするの?」
「………」
 何も言い返せなかった。
「いいこと、翠星石」
「…」
「ジュンは、昔とは違う。彼は社会に飛び込んだの。歯車になって、
貴女たちのご飯のために働いてるの」
「…でも」


252 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 19:05:47.85 ID:Ag6Oy1bS0
「彼は幸か不幸か、家を売る仕事に就いた。つまり」
「…」
「彼に、自分たちが一生住む家を委ねている人もいるのよ」
「……」
「だから、真紅は何も言わなかった。ジュンがどれだけ大変か知っていたから。
相手をしてくれなくなっても、どれだけ仕事が大切な事かを理解していたから」
「…それはそうですけど、でも」
「…」
「じゃあ、私たちはどうしろと言うのですか?
姉妹を失って、この時代に取り残されて、どうすればいいのですか?」
 涙声になっている。
「そんなの…私だって分からないわよぉ…」
 うつむく水銀燈。
「姉妹4人だけ取り残されて、何をすればいいのです?水銀燈」
 肩をつかみ、ゆさゆさと揺する翠星石。
「ちょっと…痛いわ、関節が壊れる…」
「うううっ…」
 胸で泣く翠星石。
「………じゃあ」
 顔を上げる。
「アリスゲームの続きでも、するぅ?」
 翠星石の目に、以前の切れ長で、冷たい光が映る。


254 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 19:07:42.16 ID:9EhExzIv0
水銀燈の姉っぷりがすごい


256 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 19:11:01.78 ID:Ag6Oy1bS0
「…今ここでしたら、私は間違いなく負けるでしょうねぇ」
「…」
「ねぇ、ほら、私の中には蒼星石のローザミスティカがあるのよ、倒せば手に入るわよ」
「………水銀燈…」
「私があの時、横取りしたのよねぇ。憶えてるかしら?ねぇ……」
 つかんだ肩が震えている。
「私だって、どうしていいか分からないのよぉ、翠星石…」
 それだけ言うと、支えていた右手を放し、横ざまにかしゃんと倒れる。
「きゃっ」
「うっ」
 苦痛に顔を歪める水銀燈。
「うっ……あ…ぐ…」
 左肩から、白い破片が床に飛び散っている。
「す、水銀燈」
 眼を開き、虚空を見つめる。
「皆、必死でもがいてるのよ、翠星石…誰かを失ったのは、貴女だけじゃない」
「……」
「ああ、私『貴女だけじゃない』的な言葉はキライなんだけどねぇ…ごめんなさい…」
 そう言うと、水銀燈は右手で顔を押さえた。
「…さっきは酷い事言っちゃったわねぇ…翠星石…」
「……」
「…私、イヤな女よねぇ…」
 右手の下から、一筋の涙が流れた。


261 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 19:18:05.13 ID:Ag6Oy1bS0
「美味しい?」
 部屋の中で、ジュンがおかゆを食べている。
「…うん、おいしい」
「そう」
 おわんを持った左腕を優しく撫でる真紅。
「いつ以来かしら、貴方とこうして過ごすのは」
「ん」
 ジュンを見上げる真紅。
「ねぇ、ジュン…」
 切なげな表情。
「な、なに?
「…ううん、何でもないわ」
 最後の一口を食べ終えると、真紅がおわんを受け取った。
「ごちそうさま」
「ええ、お粗末さまでした」
 嬉しそうにお盆をよける。
「…ありがとう、真紅」
「え?」
 手を止める。


263 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 19:19:59.48 ID:ZzU1XASY0
股を開き、虚空を見つめる
に見えた


死にたい


268 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 19:28:16.67 ID:Ag6Oy1bS0
「いや、僕なんかのためにさ」
「どうして?」
 首をかしげる真紅。
「どうしてって……」
「貴方は私にとって大切な人よ」
「え」
「大切な人のためになら、私は頑張れるわ」
 腕を撫で、そっと寄り添う。
「何でも我慢する」
「…」
「貴方が歩きやすいように」
「…」
「貴方が休みたい時は、すぐに紅茶を持ってくる」
 胸に顔を近づける。
「私ね…ジュン」
「うん…?」
 いつの間にか、ジュンの左腕が真紅を撫でている。
「私、今ね、とっても変な事考えたのよ」
「うん」
「自分が人間だったら、いいのになって。そうしたら」
 真紅は幸せそうに眼を閉じる。


269 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/05/20(火) 19:29:07.65 ID:mm++KMwa0
泣いた


271 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 19:29:55.92 ID:mGNKhGtR0
俺だけがディスプレイの前でマジ泣きしてるのかなって


276 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 19:33:42.11 ID:Ag6Oy1bS0
「きっと、貴方と同じ歩幅で、いつも一緒に歩いていられるのに…」
 ジュンの手が止まる。
「同じように疲れて、おフロに入って、仕事をして」
「真紅…」
「同じように成長して、いつか……」
 真紅の左手が、何かを求めるようにかすかに動いた。
 ジュンはそれを見て、残った右手を真紅の手に重ねる。
「ジュン……」
 その手を待っていたかのように、感触を確かめるように、
真紅は重なった左手の指を、何度も動かそうとする。
「……………」
 ジュンは真紅の手を見つめる。手首に見える、球体関節。
「…」
 しばらくそれを見つめた後、ジュンは天井を見上げた。


289 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 19:46:21.03 ID:Ag6Oy1bS0
 自分は頑張らなければ、と思っていた。

 真紅たちのお陰で、自分は立ち直れた。
 高校に行った。
 騒音に耐えながら、大学にも受かった。
 就職も出来た。
 そして、引きこもりだった事が、ここで最大限に生かされる。
 ジュンは、感覚で何かを形作る事、そして、人の心をつかむ
事を容易に成し遂げるようになっていた。
 自分の弱さ、そしてそこから立ち直った過程。
 どんな人にも、弱さがありそれを隠したり、何とか乗り越えたい、
そう考えている人ばかりな事に気づいた。
 自分に営業という仕事が向いている、と自覚した時、
ジュンの優先順位が入れ替わった。

 いつの間にか、置き去りにしていた真紅たちの心。
自分でも何となくは理解していた。
 だから、本当は心の底で、再会を怖がっていたのかもしれない。
単に社会の歯車になれない人形たちを、敬遠していただけかもしれない。


290 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 19:47:11.25 ID:Ag6Oy1bS0
 ジュンは、自分が真紅たちに酷い事をした、と思った。
そして、この真紅の幸せな顔を見るのが、ジュンにはつらく感じられた。
 体調が戻れば、また元通りの生活である。
 営業という仕事柄、たとえば彼女たちがうちに遊びに来るようになったとして、
自分は八当たりをせずにいられるだろうか。
 水銀燈をゴミ捨て場で見つけた時のように、
「見られたくないもの」として、シャットアウトしてしまったりしないだろうか。
 勿論、今は、そんなつもりはない。
だからこそ、変わってゆくかもしれない自分に抱く、恐怖心。

「どうしたの…?」
 真紅が心配そうに、こちらを見上げている。
 胸を何度もさする真紅。
「まだ、熱があるのだから、寝てた方がいいわ、ジュン」
「ああ」
 ぼふっとベッドに伏せるジュン。
 その左手は、しばらく真紅と繋がれたままだった。


291 名前: ◆JtU6Ps3/ps [] 投稿日:2008/05/20(火) 19:50:25.79 ID:Ag6Oy1bS0
前編はここまで。
保守してくれてた人、本当にありがとうございました。
後編は明日。

これから会社の同期の飲み会に行ってくるよ。
道後温泉行きたい。



292 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 19:50:59.75 ID:PQHMUPBw0



293 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/05/20(火) 19:51:33.56 ID:mm++KMwa0
なんだってーー





楽しみにしてる


296 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/05/20(火) 19:51:44.56 ID:OR3RbUXV0

面白かったよ
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コメント
この記事へのコメント
後編が待ち遠しいぜ
2008/05/20(火) 21:33 | URL |     #-[ 編集]
一番こころに詰まされるSSだ。
後編に期待。
2008/05/20(火) 22:32 | URL | 語る程の名前はない #-[ 編集]
いいな、これ。
2008/05/20(火) 22:39 | URL | 語る程の名前はない #-[ 編集]
クオリティ高いなぁ。
作者も管理人もGJ
2008/05/20(火) 22:51 | URL | 名無しいたけ #cQkO275U[ 編集]
銀様・・・銀様あああああああ
2008/05/20(火) 23:01 | URL | VIPPERな名無しさん #-[ 編集]
なんぞこの名作
上司も普通にいい人だし
2008/05/20(火) 23:04 | URL |      #-[ 編集]
こういう「時の流れは残酷」っていうテーマはほんと鬱になるなあ
しかしレベル高いw
2008/05/21(水) 00:48 | URL | 語る程の名前はない #-[ 編集]
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